BARTAKEの歴史

DIY精神で全て手作りのライブスペース、BARTAKE。
今でこそ様々なジャンルに対応したライブ環境が整いましたが、昔はもっと「手作り感」満載な場所だったので、振り返ってみたいと思います。

元々「PIPELINE」というアメリカンスタイルのライブバーでした。

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 当時のオーナーは、すぐ近くでアメリカンバーを開いています。
その後、2003年ころにオーナーが変わり、「BarTAKE」として営業。当初はショットバー、ガールズバー、レゲエ系のクラブ、イベントスペースなど形態を変え営業、2007年ころは「仙台BIRDLAND」の移転時の中継場所としてハードコアのライブが行われたりしてました。

2008年以降は、ほぼ空き日のまま営業してない状態だったところ、TAKE UP SEED主催の学生向けのライブイベントを開催するようになりました。
音響機材などはほとんどなかったので、毎回PA機材を持ち込んで、若手が一からライブをするための準備をしたり、機材の使い方を覚える場として定期的に開催していたようです。

当時はまだステージはなく、ドラム台のみある状態でお客さんとの目線は同じ高さ。ステージとお客さんの境界線はありませんでした。ミキサーも12chの小型のものだったので、ちょっとしたスタジオライブのような感覚です。

その後、ライブの本数は少しずつ増えて、機材も徐々に充実していきました。
モニタースピーカーも設置され、照明も元々の"赤・緑・青"だけじゃなく持ち込みで照明卓で操作できるようにしました。名前こそ「バー」ですが、ライブ時はドリンクは出していなかったので、高校生の「放課後の遊び場」としてたくさんのバンドが出演しました。

震災後は、仙台Milkywayの仮営業スペースとしてリニューアル。ステージを常設し、音響・照明機材も毎回持ち込むスタイルではなく、常設してライブが中心に営業することになりました。
手作りのステージ、総入れ替えした照明など、今の状態にだいぶ近づいてきました。

2016年春からオーナーが新たに変わり、本格的なライブスペースとしてビル4Fに楽屋スペースも確保。週末にはクラブイベントも開催されるなど、幅広いイベントが行われる"MusicSpace"として進化しています。